オーケストラ・ディマンシュ第13回演奏会


解  説

 「北国」という言葉はそのノスタルジックな響きとも相まって、「季節」を感じさせるもののひとつであろう。古来より四季の移り変わりを感じ取る感性に長けていた日本人も、今やあまり季節感を感じさせない都会生活を送る人が増えてはいるが、この言葉からは、短い夏、厳しい冬、そして待ち焦がれた遅い春、といった情緒を感じ取ることは容易い。そして季節の他にもう一つ、「北国」という言葉からは、(偏見ではなく)ある種の地域性や、自分達の日常とは異なる生活を思い浮かべることもあろう。「北国の漁村」となると、鮭・蟹・鰊・鱈といった名前を思い浮かべる食いしん坊は別としても、寂れたやや閉鎖的な社会を想起する向きもある。そうした社会での、ある悲劇を描いた歌劇が、ベンジャミン・ブリテン(1913-1976)の出世作である「ピーター・グライムズ」であり、その劇中から北海の様々な情景を描写する間奏曲を作曲者自身が演奏会用に編纂したのが、『4つの海の間奏曲』Op.33a(1945)である。詩人ジョージ・クラップ(1754-1832)の長篇詩「街(The Borough)」の第22編(全375行)を自由に解釈したこの歌劇は、北海に面した漁港ボローでの、個人と集団との対立をテーマに描く。19世紀初頭、漁師の親方ピーター・グライムズは徒弟の少年達を次々と不慮の事故で失い、村人達から殺人の嫌疑をかけられ、追い詰められた彼は独り舟を自ら沈めるというもの。曲は、荒涼とした北海の暁を描く第一曲「夜明け」(序幕から第一幕への間奏曲)、教会の鐘が鳴り響き村人が集う第二曲「日曜の朝」(第二幕への間奏曲)、月光に濡れそぼる夜の村を描く第三曲「月光」(第三幕への間奏曲)、吹きすさぶ嵐の描写であると同時に、集団から疎外された主人公を示す第四曲「嵐」(第一幕第二場への間奏曲)の4曲を集めたもの。ブリテンはこの歌劇で一躍歌劇作曲家としての名声を得、以後16作にも及ぶ歌劇作品を残した(その中には、能の「隅田川」に触発された「カーリュー・リヴァー」という作品もある)。

 ブリテンは歌劇の他にも多くの管弦楽作品を残しているが、交響曲の分野においても、日本の紀元2600年節に際して委嘱されたもののお蔵入りとなった「鎮魂交響曲」や、一大歌曲集ともいえる「春の交響曲」、希代のチェリスト、ロストロポーヴィチへ捧げた「チェロ交響曲」など、従来の交響曲の範疇に収まらない傑作を残した。マーラーに導かれた20世紀の交響曲は最早、調性に基づいた設計基盤を失い、独自様式を持つことになる。そのような状況に於いて、北国の情緒を存分に湛えつつ形式的にも独自の世界を追求した交響曲を残したのが、森と湖の国フィンランドの誇るヤン・シベリウス(1865-1957)である。非常に内省的で特異な形式の第四交響曲(1911)で見られた暗い幻想とはやや方向性を異にする、自然描写的な第5交響曲Op.82(1915-最終稿1919)でも、独自の形式の探究はすすめられており、初演時にはアタッカで繋がれた二つの楽章は第一楽章にまとめられている。教会旋法を思わせる調性・係留音の多用・上下短三度づつの転調技法・減五の和音などが、民族性と高次で融和し、聴く者に深い森に吹く風のざわめきや湖水の煌めきを感じさせている。形式が不明瞭な事も相まって、彼の交響曲の中でも最も北国の自然を感じさせるものであると言って過言ではないだろう。そのような独自形式の探究という方向性から、近年、シベリウスとマーラーの関連が研究されはじめたようであるが、20世紀の交響曲史を辿るにあたって非常に興味深いテーマのひとつといえよう。

 ところで、ブリテンは“パーセルの再来”として英国音楽史を代表する作曲家としての名声を得ているが、もう一人、イギリスが誇る立志伝中の作曲家が、サー・エドワード・エルガー(1857-1934、1904に叙勲)である。その名は知らずとも、第二国歌ともなった『威風堂々』は今やTVドラマやCMでも使われ、誰でも知っているメロディであろう。そのエルガーが、9歳年上の愛妻アリスをはじめとする友人達13人と自身の自画像を変奏曲の形式で描いたのが、変奏曲『エニグマ(謎)』Op.36(1899)であり、この作品はエルガーの名を一躍国際的ならしめたと同時に、英国の管弦楽曲を初めて国際的に知らしめるものとなった。
 曲は主題の提示に続いて14の変奏から成り、それぞれにモデルとなった人物の頭文字または変名が付されている。その個々の謎解きは右頁の子供向け解説を参照していただくとして、作曲者によれば、実際には演奏されない重要な中心主題が隠されているという(おそらくは提示される主題が対旋律となるようなものではなかろうか)が、これについては今なお謎のままである。エルガーの情感豊かな作風はこの作品でも遺憾なく発揮されており、オルガンも加えた終曲に代表される壮麗さと、多くの変奏に見られる繊細な優美さが、恰も春の喜びを告げるかのようでもあるが、時折マーラーを思わせる響きが垣間見えるのが興味深い。

さて、本日のプログラムの隠されたテーマ、お気付きになりましたでしょうか?


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