オーケストラ・ディマンシュ第1回演奏会
解 説
セルゲイ・プロコフィエフ(1891 - 1953) 交響組曲「キージェ中尉」
時は十八世紀末。エカテリーナ二世の息子、皇帝パーヴェルの治めるロシアが舞台である。
エカテリーナは息子が嫌いで、それを隠そうともしなかった。家庭の愛情に恵まれなかったパーヴェルは深く傷つき、心は歪んだ。皇帝となった時、彼は異常に疑い深い、そして残酷な暴君となっていた。
ある日、軍隊付きの書記が、仕事上の過失でシベリアに送られてしまい、新米の書記が新しく赴任してきた。彼は仕事になれてない上、すっかり緊張していたので、ある日、うっかり書類を間違えてしまった。原文では
Podporuchiki je Stiven , Rybin
少尉たち、すなわちスティベン、ルィベン....(スティベン、ルィベンは人の名前)
となっていたが、彼が清書した文章では次のようになっていた。
Podporuchik Kije , Stiven , Rybin
少尉キージェ、スティベン、ルィベン....
こうして書類の中に「キージェ少尉」という人物が偶然に生まれたのだ。
普段は書類の中身など見もせずにサインをする皇帝だが、このときばかりは「キージェ」の名に目が留まる。しかも皇帝はこの時、機嫌が悪く、普段にも増して、気まぐれになっていた。彼は連隊長に命令する。「このキージェ少尉を警備兵にせよ。」
キージェ?誰だろう?連隊長は名簿を繰ってみる。どこにもそんな名前は見あたらない。しかし皇帝陛下の御命令だ。もし従わなければ自分はシベリア行きだ。とりあえず警備兵にしたことにしよう。
同じ頃、ある事件が起こった。何者かが大声をあげ、皇帝の眠りを妨げたのだ。怒り狂った皇帝は、犯人を探させたが、一向に見つからない。犯人探しをしていた副官は、キージェの話を聞きつけて、いない者に罪を着せてしまおうと考えた。「皇帝陛下、先日大声をあげた者はキージェ少尉でございます。」「シベリアへ送ってしまえ。」
けれどしばらくして皇帝の気紛れは、キージェをシベリアから呼び戻した上、妻まで娶らせることになる。そして実際に教会で結婚式が挙げられた。
皇帝は時折キージェを思い出し、その度に彼を昇進させた。皇帝は考えた。それにしても、キージェは謙虚な人物だ。他の奴らのように官職や褒美をねだったりしない。しかも落度もなく、黙々と働いている。このような人物はまたといまい。このまだ見ぬキージェに余は一度会ってみたい。「キージェを余のもとに召喚せよ。」
いるはずもないキージェを皇帝に会わせられるわけがない。人々は皇帝に告げる。「キージェは病に倒れました。」そして、さらにキージェが死んでしまったことにしてしまう。
キージェの葬儀。壮麗な儀式の中、空の棺が運ばれていく。皇帝は悲しげに呟く。「余の最良の臣下たちは次々に死んでしまう。」
原作者はユーリィ・トゥイニャーノフ(1894 - 1943)。この物語は1934年に映画化された。音楽を担当したのはセルゲイ・プロコフィエフであり、彼はこの映画のための音楽とともに、同じテーマを使って、5曲からなる演奏会用の組曲版を作った。それが、この交響組曲「キージェ中尉」である。
(太田知子)
ヨハネス・ブラームス(1833 - 1897) 交響曲第一番ハ短調
この曲は名指揮者ハンス・フォン・ビューロー(1830 - 1894)によって「ベートーヴェン第十交響曲」と呼ばれたように、きわめてベートーヴェン的である。曲の調、基本動機が短いこと、激しいことなどは第5交響曲と、第9交響曲とは各々の4楽章の主題が似ていること、またふたりとも地味ではあるが優れた管弦楽法を用いている点でも共通しているといえよう。ただ、ベートーヴェンは南ドイツ人らしく明るく開放的である面が強いのに対し、ブラームスは北ドイツ的な深遠な寒々とした雰囲気が印象的である。また、ブラームスのシンフォニーは全体的に、ベートーヴェンのそれよりもさらに楽章が豊かで変化に富んでおり、それが逆に重苦しく感じられるかもしれない。ただこれをじっくり聴きこむと、そこからは人生に対する苦悩や悶え、さらにはそれをのりこえたときの歓喜に満ちあふれた様など、実に人間的は響きをわれわれに与えてくれているのである。
第一交響曲はブラームス22歳の時に着手し、最初に手がけた第一楽章に約7年、全体が完成するまでには実に21年の歳月を要している。これは決して多忙や怠慢のためではない。彼の頭の中には偉大なるベートーヴェンの姿があり、自分が書く上ではそれ以上の作品に仕上げるという命題のもと、自分に対しては厳格であり、慎重に慎重を期した結果であった。このようにして生まれた第一交響曲は、比類なき傑作の一つになったことはいうまでもない。
(小松泰直)
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