オーケストラ・ディマンシュ第5回演奏会
「お国柄」という言葉がある。ある個人について指し示す「人柄」という言葉と同様、ある地域(それは、「日本」や「アメリカ」といった“国”の時もあるし、「関東」「関西」といった“地方”の時もあるし、また、もっと限定された区域を示すこともあるだろう)の習慣やそこに属する人々の性格や行動等の共通的な傾向を示すものだ。この言葉から感じ取れるのは、人は生まれながらにしてすべての人格形成要素を持ち合わせているのではなく、その人の過ごしてきた環境(周囲の人々の言動や受けた教育、風土など)・経験(実体験だけでなく、それまでに読んだ本、見た絵画、聴いた音楽なども含む)によって、日々その人格を形成していくのだ、ということであろう。環境がそこに属する人々の「人柄」を形成し、また同時にその人々が環境の「お国柄」をつくっていくのだ、とも考えられよう。大学の心理学部の学生が「オーケストラの楽器とその奏者の性格の対応」をテーマに研究をすることがある(筆者も学生オーケストラ在籍中にそのようなアンケートに答えた覚えがある)が、これも、集団とその構成要素の関係という観点からすれば、「お国柄」と「人柄」の関係と同じものだといえる。ちなみに「オケ柄」とでもいうようなものも存在すると、筆者は思っている(ところで、オーケストラ・ディマンシュの「オケ柄」ってのはどんなんだ?)。
さて、構成要素(個人)には彼が属する集団に規定される部分がある、と考えると、彼が表現するものには多かれ少なかれそれが反映されるだろう。それは普段の言動にも現れるだろうし、まして彼が音楽家や画家・作家といった「表現を生業とする」場合には、彼の作品からそれを感じ取れることが必ずあるだろう。ちょっと話の筋からは若干それるが、「彼」を取り巻く環境やその背景を知ることにより、「彼」の作品を理解する助けになると思う。例えば、音楽を聴く時に「純粋に音を聴き取りなさい」と言われることがあるが、いろいろな逸話やその曲の背景となる事柄を知ることで、より、理解しやすくなるのも事実ではないだろうか(逆にある種のフィルターがかかってしまい、理解の妨げになることもあるだろうけれど)〜ショスタコーヴィチなどはそういう意味で「音楽の聴き方」についての重要な問題を聞き手に投げかけた作曲家だったといえるだろう〜。勿論、今あなたがお読みになっているこの文章も、基本的には(これが曲者なんだな)そういうスタンスに立って用意されているのです。閑話休題、音楽を例にとってみた時にも、その作品には(広い意味での)作曲者の「お国柄」が顕われている、ということである。それが特に顕著な場合「民族的」と言われるが、そうでなくてもよくよく聴いてみればその作曲家の置かれた環境を感じ取れる作品が多かれ少なかれあろう。所謂西欧圏以外の作曲家(コダーイやバルトーク、ファリャ、シベリウス、そしてロシア国民楽派など。そうそう、伊福部昭も忘れてはいけない)などは特に民族的と言われるが、アメリカやイギリスの作曲家なども夫々共通した雰囲気を持っているし、西洋楽派といわれたピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840〜1893)だって、ロシア民謡を感じさせる節回しが少なくないのだ。
チャイコフスキーは『胡桃割り人形』や『白鳥の湖』・『眠りの森の美女』といったバレエ音楽、6曲の交響曲で有名だが、一聴して「これはチャイコフスキーだ!」とわかるものが多いと思う。よくよく聴いてみれば、その旋律は濃厚なロマンティシズムだけでなく、民謡的な素朴さをも併せ持っていることがわかるだろう。大序曲『1812年』にあらわれる民謡調の主題などは(特に顕著な例かもしれないが)、「いかにもロシアだなぁ」と感じさせるものだ。チャイコフスキーの交響曲はロシア音楽史上でも重要な位置づけがなされることと思うが、それは、所謂西欧音楽の理論や様式と、ロシア的な憂鬱・感傷・抒情とをうまく組み合わせ、以後ラフマニノフやグラズノフ等に代表されるような「ロシアのシンフォニズム」を打ち建てたといえるからではないだろうか。彼の交響曲は、特に後半の3曲が有名で日本での人気も高い(そのすべてが短調であるのは面白い事実だと思う)。その何れもが前述したような「ロシアのシンフォニズム」に満ちているが、中でも『交響曲第5番』(1888)は、「運命」を主題に据えていることを、全曲を通じて同じ動機主題によって統一することによって前作より更に明確に打ち出している。冒頭、クラリネットによって示される暗鬱とした「運命の主題」は、重苦しい闘争を暗示するかのような第1楽章・瑞々しい情感に溢れた第2楽章・3大バレエを彷彿とさせる軽やかな第3楽章・激しい闘争の後に訪れるものを暗示する終楽章と、全ての楽章にわたって各々の楽曲の重要なポイントで現れ、聴衆にその存在を意識させる。特に終楽章はこの主題が支配的にも拘わらず長調で終るため、その解釈が非常に難しい。ソヴェトの偉大な指揮者であるムラヴィンスキーも、この作品の(特に終楽章の)演奏表現は困難であることを述べている。
個人的な心情の吐露ともとれるこういった主題をかくも豪華絢爛に表現するところなど、やはりロシアの「お国柄」なのかと感じるのは筆者だけだろうか?
さて、「お国柄」とは或る意味でその地域の歴史に非常に密接に関連しているだろう。古い歴史を持っている土地であれば、それだけそこに生活する人々はその歴史を誇りに思い、また、単に過去の出来事としてだけでなく自らの血の源流として感じるだろう。そういった意味では、やはりギリシャ・ローマの各都市は西洋文明の基盤として西洋史の中でも特別な地位を占める都市である。なかでもローマは「全ての道はローマに通づ」という言葉に表わされるように、神聖化されたといっても過言でないイメージを与える都市である。そんな都市に生活する音楽家がその風情や情景・歴史を音楽で表現しようと考えるのは、しごく自然なことに思えるだろう。聖チェチーリア音楽院の作曲課教授としてローマに生活していたオットリーノ・レスピーギ(1879〜1936)が、所謂「ローマ3部作」の一つとして交響詩『ローマの松』(1924)を作曲したのも当然のごとくに感じられる。ローマの街の内外に聳える松を描いたこの作品は、全体で4部分からなり、それぞれ、子供達が遊ぶ「ボルジア(ボルゲーゼ)荘の松」、迫害時代のキリスト教徒の地下墓地(実際に中に入ったことがあるが、そこらのおばけ屋敷より恐い)から聖歌が聴こえてくる様を描いた「カタコンベ付近の松」、バチカンの西側の丘陵地で夜鶯が鳴く穏やかな月夜を描いた「ジャニコロの松」、朝靄のアッピア街道を古代ローマの軍隊が凱旋して来る様を描いた「アッピア街道の松」のタイトルが付されている。教会旋法を用いて独特な調性感を醸し出したり、バンダと呼ばれる別働隊の金管合奏を用いたりと、レスピーギならではの技巧・作風に満ちているが、イタリアそしてローマという「お国柄」をよく示す作品であることに異論はないだろう。
時間も場所も遠く離れたところに位置する我々日本のアマチュアオーケストラが、彼らの「お国柄」を如何様に表現するか、僭越ながら本日の眼目とさせて頂きたい。