オーケストラ・ディマンシュ第9回演奏会
パーソナルコンピュータとソフトウェアの進歩に伴って、今迄はプロの手によらなければできなかったような事が、一般庶民にも可能になってきた。それは、曾ては超が付く程高価で大型であったコンピュータの低価格・高性能化、小型化によるものであり、同時に、専門技術者でなければ操作することのできなかったコンピュータの一般社会への浸透を意味する。アラン・ケイの提唱したダイナブック構想は、ジョブスという天才によって生み出された林檎マークのOSを持つパソコンによって実現へと近づき、ゲイツという稀代の商売人によって生み出された“窓”から垣間見ることができる。今や我々は、曾てのプロが膨大な労力と時間を費やして生み出したものに劣ることの無いクオリティを自分の手で生みだせる環境にある(勿論、コンテンツとしての質という問題はあるにせよ)。CG然り、出版物然り、アニメーションやデジタル写真然り。そしてまた、音楽も然りである。DTM(Desk Top Music)はややもすると、単にデータを再現するだけの楽しみのように見られるが、そうではない。細かなパラメータで表情付けした演奏データを打ち込み、様々な音色を駆使して音楽制作を行うことも、DTMによってスタジオから家庭へともたらされたのである。
DTMでは、打ち込みと再生を繰り返しながら、自分のイメージを実現していくことが可能で、シンセサイザーモジュールの高機能・低価格化のおかげで、居ながらにして32声部のオーケストラを奏でることも可能になった(残念ながら我が家では16声部だけれど)。和声の組み立てや構成もさること乍ら、音色の組み合わせをすぐに確認できる事も大きなメリットのひとつだろう。最終的にアコースティック楽器で鳴らす楽譜であっても、ある程度のイメージを掴むことができる(筆者は編曲活動に重宝している)。
ところが、このようなものがなかった頃は、作曲家は自分の頭の中で音色の組み合わせを構築し、楽譜に書き付けていたわけで、これが作曲家達の個性の顕われともなる管弦楽法である。ショスタコーヴィチのように血の匂いがするものもあれば、泥臭い野性の『春の祭典』から無機質なものまで自在だったストラヴィンスキー、R.シュトラウスの噎せ返る程の官能美等など。中でも絢爛たる音響を構築した人々は「音の魔術師」と呼ばれるに相応しい手腕を見せる。著名な「ローマ三部作」で有名なオットリーノ・レスピーギ(1879-1936)の交響詩『ローマの噴水』(1916)は、三部作の最初の作品として、彼の見事な手腕が発揮されている。牧歌的な“夜明けのジュリアの谷の噴水”(ローマ北東部)、トリトン(海神ネプチューンの息子)と水の精達を描く“朝のトリトンの噴水”(ナヴォナ広場)、4頭だての戦車に乗ったネプチューンの行進を描く“真昼のトレヴィの噴水”(有名ですね。筆者もコインは投げたものの、未だ..)、夕暮れの静けさが夜の帳へと変わり行く中にヴァチカンの鐘の音が遠く響く“黄昏のメディチ家の噴水”(メディチ荘。スペイン階段を昇った高台の方角)、の4曲が続けて演奏されるこの交響詩は、単なる現実の情景描写に止まらず、各々の噴水から喚起される幻想を、見事な管弦楽法とも相まって豊かに描いている。夜明けから日没へと至るその過程は、“人生”を表しているように思うのは考え過ぎだろうか?
さて、世の中いろいろあるもので、管弦楽法が得意な作曲家だけではない。後世の人々から「管弦楽法が下手」と云われる作曲家もいる。精神障害に苦しんだロベルト・シューマン(1810-1856)がその最たるものだろう。彼の音楽はその基本をピアノにおいているとも云われ、殊に交響曲についてはその構成の散漫さや不思議な管弦楽法が目立つ。従来、演奏に当たっては多くの指揮者がそのスコアには手を入れているのも事実である(マーラーをはじめ、セルや、そして金山氏も)。だが、彼の音楽はそういった評にも拘わらず、訴求力を失ってはいない。ライン中流のデュッセルドルフに移り住んだ彼が、その環境やケルン大司教の枢機卿昇任の儀式に触発されて作曲したと云われるのが、交響曲第3番変ホ長調Op.97(1850)である。特に終曲への長大な序奏の役目を果たす挿入楽章(第4楽章)がこの作品の白眉であり、世のトロンボーン奏者が眠れない原因のひとつでもある。さて、シューマンがiMacを使っていたらどんなオーケストレーションをしたのだろうか。
たまにはアンダーソンの「そり滑り」のように軽妙洒脱なオーケストレーションを聴き乍ら、つくづくオーケストレーションの持つ力とそれ以外の音楽の魅力の相関を想い浮かべるのも一興だろう。